季節 の言葉   200720082009 ・2010 ・2011201220132014 20152016 2017


念仏の子は如来に生きる。如来、この人を舞台として人生に輝きたまい、この人、如来に生きて出世の本懐をまっとうす

如来大悲は悪人を救いたもう。どうかして悪人となるまいとして策を弄し、もがき苦しむ者に、何で清浄なる大慈悲がわかろうか。
真実の道の人は、自己を善人に改造しようとするよりは、われおよび人生のありのままを自己において見出そうとします。 人の一生は、その人が領解した教えの深さによって決定します。
親は如来の大慈光に生かされ、やがて子どもを如来の胸中に托すべきである。念仏の子は親をして安心して墓場に入らしむるであろう。 あなたにはあなたよりほかに、だれにもまねの出来ない光があります。
み名に徹底することは真実に徹底することであります。名号に徹底せよ。信が生れる。 光は天上より降り、力は大地に動く。聖人は光によって大地にうつる暗い影を見つめて、その上におどるお光を拝まれたのであります。
親鸞聖人は、暗より光に向かって、ひたすらに救いを求めて、如来に帰命し、合掌して、聞く人であり、教えを受ける人でありました。 正しさをおし進めてゆけ。必ず、そこに正しさに組みする同志が生まれる。
煩悩に使役せられるのであれば、煩悩は強くてはいけない。煩悩を使役するのであれば、煩悩は強いだけいい。 煩悩を使役する生活に至れば、一切の苦痛は変じて甘露となる。大道に生き、使命に生きるもののみに許されたる特権である。
ああ、彼岸。そこからは万人の上に不断に何ものかが流れ、おとずれ、よびかけている。この光に生きる者いくばくぞ。 春来って桜の花は開く。彼は独立自尊己れの色に咲くといえども、これ即ち他力である。
太陽によって電灯は無用となり、如来の大善大功徳によってのみ衆生の善はその光を失う。 一本の葉が青々と育つ。育てた人も育ったのだ。そこによろこびがある。生活をそのままよろこべる人は幸である。
動かぬ世界に心を樹て、それを背景に、限りなき生死の無明の世界に生きてゆく。具体的な人生はそこにある。 久遠の大理想から現実の実行が生まれる。ああ、来たりて大信念を得よ。信はすべての根底である。
希望は人生を明るくし、使命は人を強くする。歓びのない生活は暗い。しかし、使命をもたざる人の喜びは利己的である。 空には無数の星が輝き、大地にはおおいなる人格の華が咲いているではないか。
自分が育つべく見出した場所で、自分を棄て、自分を捧げて、継続するの力を得たい。 あれ、あれ 鐘がなる。人よ、目覚めよの鐘が鳴る。世界中に鳴り渡る鐘の音よ。人々よ、あの鐘の音を聞け。久遠の昔から響く・・・

ありがたいとたった一口言ってくれ。

そこには三千世界を一度に動かす

不思議な深い深い力がある

静かに過去をふり返ると慚愧にたえない足どりではあった。織られてきた一筋の織物はただ煩悩の絵巻物にすぎない。
人生は精進である。精進する人は必ず進み、精進する国民は必ず栄える。凡人といえども精進する者は必ず非凡なる域に達することが出来る 聖人は「ただ、念仏する」と言われた。「唯」という天地、それはなかなか領解することのできない尊い世界である。
汝よ、先頭に立て、そして、彼らを厳粛なる正義の祭壇の前に、温かい春霞の野に、導け。 真実はどんなささやかな生活の中でも光る。そうして真実の輝きほど美しいものはない。
我々の衷心の願求は、万人が共に深い心で一つになり、尊い精神生活で一つになりたい願いであります。 小さき智慧をひきちぎれ、小さき善を捨てて来よ、
小さき徳を捨てて来よ。一切をひき破れ! 
而して絶望の丘に立て!その絶望の丘をも越えよ、
そこに広大難思の法蔵願海がある。
看病人は病人に対して生きた菩薩を介抱すると思って看病せよ 理論はぬきにして「精いっぱい清く生きよ。」
それが全ての聖者の第一提唱である。
どうしてもどうしても念願する。 
たった一つの一番大きな「ありがたい」を知らせたい。「ありがたい」と言い得る謙虚な心にならせたい。