如来の本願力

実在真如より顕現して衆生の上に来生し

その自覚を通して貪欲を否定する力を、

親鸞聖人の言葉を借りて言えば如来の本願力である。

如来の本願力は、浄土より人生に、仏より衆生にはたらきかけて、

衆生の迷妄を限りなく全否定し、

その全否定を通して如来の真実を全肯定し、

我及び人生の内容となろうとする。


ここにおいて否定と言う語であるが、

否定とは、消滅ではなく、修繕でなく、廃除でなく、

仏心と煩悩との全き揚棄である。

であるから「煩悩や欲を否定せよ」と言ってもなくすることではない。

炭に火のおこりついたが如く、仏心によって本能我を揚棄することである。

冬は何人といえども寒い。夏は何人といえども暑い。

しかし真に教育のことに献身的である時、その寒暑を超えて何ものかゞ動き、

『断』の一字が光って寒さの中に勝たせるであろう。
智慧光が本能我より高次的立場に立って、全き統丁と支配をなすであろう。

(第十六巻第十号)