あるがままに

 

『賢者の信を聞いて、愚禿が心を顕す。


 賢者の信は内は賢にして、外は愚なり。


 愚禿が心は内は愚にして、外は賢なり。』


賢者とはもちろん、法然上人のことであります。

ありのままに師教の鏡に写るわが心を見つめる時、

深まれば深まるだけ、愚禿の内心は愚であります。

しかもこの救いきれぬ凡夫を救う本願は、いよいよ深く体感されてゆきました。

 

見出される愚禿を、聖者法然にまねずに、

愚禿のままを救う本願の深さに徹していかれるところに、

どうしても動かすことのできない悪人正機の救いがはっきりしてきました。

 

愚禿は愚禿のままで、おちつかれ、満足される世界です。

微塵も部分改造をしないで、全体のままで救われるのでした。

 

(信仰座談 「あるがままに」)