随順 

我等は

天地に反逆し、

社会人生に反逆し

一切の人に反逆し

我自らにすら反逆する。

ここに一切と対立して、我を抽象して、一切のものの彼方に独り孤立せしめる。


我等の生活が正しい態度におかれる時、

いわゆる人生に対する随順の相となる。

随順とは、対立を超えて一体となることである。

家と我との対立がなくなる時、家の一切は我の一切である。

人生、宇宙に随順する時、人生と我と一体である。

かかる一体の天地においては、如何に苦悩がおしよせようとも、

逃げるに逃げる所なく、去るに去る所なく、

責任の一切を誰にも持ってゆきようがない。

我等は内に業を感ずることによって、

かかる随順の世界につれてかえられるのである。

  (「光明」第15巻8号 「業のもつ宗教的意義」 )