合掌の生活 

如実の合掌は微塵も祈願請求を持たない心であります。

如来の生命の全てを頂いて生きる心であります。

春の恵みを頂いて咲いた花の如く、

如来の大生命に統融されて生きる生活には、

小さい我欲より割出された部分的なものを乞い求める心を持ちませぬ。

ですから断えずお恵みの全体を頂きつつ、

限りなく全体を生かしきって生きてゆきます。

かかる生活の全体が報謝の生活であります。

花の咲く相の一切がそのまま報謝の全体であります。

何時も自分の全体をなげ出して生きてゆきます。

こうした報謝の生活は合掌によって象徴されます。

御恩に生きる心は、無味件に自分を捧げきって生きてゆく生き方であります。

全てのものに最後に与えられるたった一つの生き方は、

自己自身を献供して生きる報謝合掌の生活であります。

そうしてそれは人格をして真に独立自尊のよろこびに輝かしめる生活であります。

  (「光明」第13巻 合掌 )