善の影には悪がひそむ

雑修の善根功徳によって如来と一体になろうとする輩は、

如来を偶像にしているのである。

対立の如来を拝しているのである。

我と離れた仏を拝んでいるから、仏と我とを結ばんとして、

善根功徳をもてあそぼうとするのである。

しかしそれは墨汁で、汚れた手を洗うと同じである。

一度怒りの炎の燃えあがる時、よく功徳の法財は焼きつくされて、

永遠に、徹底せる信仰に若々しく生きることは出来ないのである。


善の影には悪がひそむ、

善の世界に出よう出ようとする者は、ますます悪を知って来る。

悪魔は何時も精進努力の白道の直下に現れて来る。

十九願の世界は道徳の世界である。

一度は通らねばならぬ要門である。

十九願の世界に徹底せる者がはじめて、真実の十八願の天地に出ることが出来る。

 

(光明 第8巻 「化城を出でて」)