親は大悲の心を心として子供に向うべきである。

百の冷たい叱責よりも、真の慈愛の言葉の一つが、子供の未来を明るく支配する。


その幼心におされた慈愛の印象こそは、他日千里の遠きに至れば至るほど、無形の綱となって子供を護り、あまりの堕落をせしめない。

親を憶う心、そのまゝが故郷となる。齢七十にして、山に杉を植込む親あり。

たとえ、良い性質の子でも、あまりに親が干渉しすぎて、事々にくちばしを入れていると、かえって子供は親の心を離れてゆく。

しかし、慈愛は、時に放任し、時に叱責し、世界一の恐ろしきものともなれば、二葉をつみ取る鋏ともなる。


親は、如来の大慈悲に生かされ、やがて子供を如来の胸中に托すべきである。

念仏の子は、親をして安心して墓場に入らしむるであろう。

全集第11巻 家庭の和楽