真の道の人

 

仏法者は、無我であります。

無我とは、我のトーチカに立てこもらないで、耳や眼を人生に向かって開いた人であります。

人生から抽象的に生きないで一切人の声をそのまま受け取り、自己において、人生を領解しようとする人であります。

一切衆生の悪を自已において見る人であります。

一切の窓を開いて、人生に随順しつつ、しかも内観の一道をすてないところに無我の生活態度があります。

真実の道の人は、自己を善人に改造しようとするよりは、われおよび人生のありのままを自己において見出そうとします。

 

全集第17巻 歎異抄講話 第三章