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罪福信ずる行者は、

因果を信ずるに似て、未だ因果を信ぜず、特に仏智を疑惑する者である。
己が小善をたのんで善となし、如来の本願を信ぜず、三宝に離れたるものである.

彼は念仏すとも解慢の牢獄に入る。


真実本願を信ずる者は、

禍福を越えて、ただ如来世尊の仰せに信順して、身の至幸を喜んで生きる。
この人にしてはじめて安心の出来る人となる。

彼は一道を歩んで、決して横道にそれぬが故である。

我はかって若人に

「真面目なる求道者たれ」と求めて、

「上手なる説教師になれ」と求めず。
内心には名利を求め、身には悪を行じて慚愧なく、

しかして口にはただ滔々たる能弁に、人を泣かし人を笑わす説教師となれる者、

再び救い難かるべし。


非道、邪道、無道をそのまゝ見のがしにされるをもって慈悲とし、親切とすべからず。
我が欠点短所を知らしめらるるをもって親切とすべし。


如来大悲は悪人を救いたもう。

どうかして悪人となるまいとして策を弄し、もがき苦しむ者に、

何で清浄なる大慈悲がわかろうか。

住岡夜晃全集第11巻「唯仏一道きよくます