ーただー

 われらの集いは、善人よ来るなかれ、悪人よ来るなかれ、賢愚、男女、老若等を出で、第三の腹を持って集まれ、文学士の賢も、小学卒業の無学も、それを持ちこまないで、第三天地によって集まる時、何人集まっても一つである。

 われらの集会の特色がそこにあった。

 無学悲しむに足らず、有学誇るに足らず。

 ただ南無阿弥陀仏のみ真実である。
 諸仏は同一法身より生ずるという。

 われらの同胞はただ同一南無阿弥陀仏より生まれる。

 聖人は「ただ、念仏する。」と言われた。

「唯」という天地、それはなかなか領解することのできない尊い世界である。ただ聞き、ただ行じ、ただ働き、ただ信じ、ただ求め、ただ愛し、ただ喜び、ただ尽くし、ただ学び………………それは一切の毒素、功利的な我を追出した純なる態度である。

 念仏することが極楽のかわりに地獄への道をたどろうと、聞法することが餓死への道をたどろうと、求道が十字架への道だろうと、信ぜずにはおれず、行ぜずにはおれず、求めずにはおれないところに「ただ念仏して」の浄土への大道がある。

               (住岡夜晃全集第18巻 「闡光録 人間