ー大信ー

線香花火の如き雑善をたのみて高上りし、

あるいは、過去の罪悪を抱いて、いよいよ迷妄の谷底に沈まんとし、

あるいは、十悪五逆の悪逆にして、しかもこれを知らざる等、

眠れる衆生の上に、唯一絶対の権威をもって君臨し、

自力疑心の計度を全否定し、

如来久遠の真実のみが無条件に肯定されてのみ、

救いは成就するのである。

その一念の相、即ち大信心である。

かくの如き本願力に値わずして「善も欲しからず、悪もさまたげなし、造罪の多少を問わず」と言わんか、真の暗夜に提燈の火を消すよりも、なお危険である。

太陽によってのみ電燈は無用となり、

如来の大善大功徳によってのみ、衆生の善はその光を失う。

「修行の久近を論ぜず」の一句、又、推して知るべし。

三十三年も聞法して何ものもなき人あり、一ケ年にして、信心獲得の人がある。

(住岡夜晃全集第14巻「大信海」)