人間として生まれた本質的喜び

 恐るることなく、立ち上って、憎悪にあらず、

ただ真理の無上命令によって、正しい信念のままに大衆に働きかけよ。


 破邪必ずしも顕正にあらず、顕正には必ず破邪を具す。

 正しさをおし進めてゆけ、必ずそこには正しさに組する同志が生れる。

 正しき真理の尺度として生きることより外に、どこに人間として生れた本質的な喜びがある。


 だがそれは弱者には出来ないことである。
 真理に対する眼を持たず、宗教的理性の麻痺せる者には出来ないことである。

 然り、難事である。至難事である。だがまことに難事であるか。もし、真理の支持者にもなりたし、それと共に富を求め、地位を求め、名利を求め、安楽を求め、安価なる常識的な賞讃を求め、死せる平和を求め、更に命さへ投げ出すことが出来ないならば、真理の使徒たることは拒まれる。


 ただ一切を捨てても悔いない信念が生れた時、この至難事は易行道となる。

 

(住岡夜晃全集第10巻「我らの使命」)