念仏の子は如来に生きる。 

 迷妄を迷妄と知って、迷妄をたのまず。

 真実を真実と知って、如来の真実をたのみます。

 

 たとえ世間が己を知ってくれず、誤解のただ中におかれても、一切の雑音を超えたる如来招喚の声のままに一道を歩みきります。 

 虚偽がはびこり、煩悩の力が勝つが如く見えても、如来の本願力を信じ、念仏一道をにらんでたじろぎません。 

 濁悪巷に満ちて、天道是か非かと歎ぜずにはいられぬ矛盾の中にも、自暴自棄せず、沈黙して粛々と彼岸への真実一道を行歩します。 

 つとめて報いられず、重き荷物の下敷に、縁の下の力持ちでこの世を終らなくてはならなくとも、何等の幸福が与えられなくとも、本仏の心を心として、信心歓喜、恩徳報謝の大行に乗托して、明朗を失いません。

 

 如来この人を舞台として人生に輝きたまい、

 この人如来に生きて出世の本懐を全うします。 

 信は如来寂静の一心と一体であります。これなくして泣く者も、これなくして笑う者も、すべて人生の本質に徹せぬものであります。

 人生は如来によってのみ深い不滅の意義が与えられます。

全集第11巻 人生の意義